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for Responsible teachers (Soliloquy)

February 7th, 1996 / November 21st, 2024



ジグソーパズルのひとかけら


 何が事実か。何が嘘か。何故それは嘘なのか。何故其処に嘘が生じ存在するのか。虚構か否か。 嘘と見做すものの排除では無く、其処に嘘が存在するという事実。 或いは、一つの好都合な要因の陰に隠蔽される幾つもの多角的な要因と触媒。 ヨノナカに数多散らばる好都合なカテゴリやバズワードにすり替えられた 一人ひとりの人間の私利私欲のジグソーパズルを丹念に嵌める事で、 其処から見えて来る、結果としての、幾つかの未来。 局所的&刹那的な断片では無く、立体的&時系列としての繋がり。


🌸 Ⅰ.独言

 以下、あくまでも、ひとりの、学校現場一筋に36年目の情報系実習助手として、 そして、此のサイトを開設して29年間、現場で真摯に生徒と向き合う人達の触媒として、 「様々なプロジェクトに取り組む、日本や台湾の、学校や会場や店舗など」に直接出向きながら、 「時には 綺麗事で感動的に脚色(*1) された、身内や利害関係者だけの生徒成果発表会」よりも、 「現場での試行錯誤によるメイキング」を重視し、 自律的に、気付き、学び、議論し、其処から、提言し、アクションを起こし、振り返る、 スパイラルな活動に取り組む高校生 や、それを 促す演出により、きちんと生徒の行動をコントロールし、柔軟かつ的確にファシリテートする教諭 に、実際に長年に亘って関わり、其れを時系列で記録し続けて来た、私個人の感想。 決して、ネガティブな「駄目」「べき」では無く、 あなたのアクションとして「どうしたい?」 という、ポジティブなエールの心算。 時々、彼方此方を書き換えて居ます。

 「生徒」を主語にした文章を書くのは難しくないし、此れ迄にも山程読んだ。 難しいのは 「 上膳据膳の 成功体験、 学びの目的や次への気付きに繋がらない 達成感楽しかったね だけで済ませず 、 生徒の自律的な気付きや学び、アクション、振り返り、課題、 次への過程を全て明確にし、 生徒に対し責任を持って具体的かつ論理的に説明している、その 述語


 DX高校(*2)、 情報Iから情報Ⅱへ、共通テスト、小中高大の連携、生成AI。 次々と押し寄せ、太平の惰眠を貪る高校に対し開国を迫る艦隊達。 例えば、情報科の 単位未履修問題(*3) や、商業科の 代替科目問題(*4) に象徴される、 『時の流れを止め「変わらない」夢を見たがる』高校の教育現場。 私は、『変わらない「夢」を時流の中に求める』。 例え「おじいさんのランプ」が「電球」「蛍光灯」「LED」に変わっても、「灯す」夢は変わらない。

 誰かの「遣り甲斐」を弄ぶ、教諭の私利私欲と保身、お為ごかし、 感傷的でコンプラもモラルも無い、時には無意識の「遣り甲斐詐欺」。 それは、生徒に対しても、助手に対しても、誰に対しても、根幹は同じ。 決して「教育に対する遣り甲斐」の否定では無く、 全てを共犯に巻き込む「教育現場に蔓延する遣り甲斐詐欺」を何とかせねば、 何も解決しない、という話。

 例え其れが数カ月の研修であっても、或いは、其れが臨時であっても、 教職免許は、生徒に対しての教育の内容の「責任」と「保証」。 無免許で授業をさせる側は、無責任な遣り甲斐詐欺。 或いは、授業をする側は、(時には教科の内容そっちのけで、自分の正義を強制し生徒の評価基準にする) 教育現場の私物化の、更なる加速。 「生徒を人質にした、私利私欲と横着、遣り甲斐詐欺の学校経営、の常套化」→ 「授業内容・免許制度の形骸化」→「学びの保証の形骸化」→「学校の私物化、形骸化」→ 「”学校要らない”の世論」の時系列。 私には、今後、これが更に加速する予感しか無い。 教育現場をブラックな印象に変え、”学校要らない”の世論にしている最大の原因は、学校。

 特定の教科に限らず、割と良く有る実例では、毎時限が、50分間の放置、雑談、娯楽映画など、 単位履修の為の単なる時間潰し、或いは自分の正義や思想の洗脳。 単位習得の為に、考査直前に何の解説も無く問題と其の答が乱舞し、 「○○だから仕方が無い」と教諭同士で馴れ合い。 生徒を見縊り、見て見ぬ振り、責任転嫁する教諭達の、暗黙の了解。 其れが当然な学校の日常が、教諭の無意識な免許の軽視に繋がるのか知らん。 つまり、そんな授業なら、自身の人事考課の為に企画書や報告書の粉飾・捏造で忙しい自分で無くとも、 免許が無くても、誰でも出来るだろうと。長年に渡る実体験に因る確信。 勿論、全てを十把一絡げにする心算は無く、そうでは無いキチンとした教諭も、 情報科にも、商業科にも、他の科目にも、全国にも、日常にも、多く居る。 例えば、今の勤務校に長い商業科の教諭は、キチンと授業をする。


 どうだ、凄いだろ、と周りに対し目標としての理想形を見せる「モデルケース」。 理想形を、適宜、アレンジ、カスタマイズしながら、 適材適所、臨機応変、現場に合わせて紹介して居る「モデルケース」。 どちらも大切。 頂上の研究者や企業がどれだけアピールしても、 裾野が目的を理解し 現実的に対応出来なければ(→対応する気が無ければ)、絵に描いた餅。

 其の内に、人型AIロボットも、多様性の一つになるのか知らん。知らんけど。

 『旧い船を今動かすのは、旧い水夫では無い』。 若い此れからの先生達、私と一緒に何かをして来た、私よりは若い先生達、 此れからの教育現場の羅針盤は、君達が、持って居るよ。 さぁ、『君の欲しいものは、何ですか』。

 そして『僕の欲しかったものは、何ですか』(否定では無いよ)。 私の思いは、Ryn.jp の Toppage の book の Page.1 の messageが全て。

 私は、教諭が私利私欲や不正や横着をする為に私を利用する事(日常的に良く有る)は大嫌いだが、 若い此れからの教諭が、自ら学びの責任を持つ過程の為に私を利用する事(偶に有る)は、全く厭わないし、 此れ迄も、触媒として、ずぅっと、そうして来た。此れからも。たぶん。



🌸 Ⅱ.御礼

 お陰様で、8月で66の齢を重ねる事が出来ました。 そして、今年もまた、様々な手段で、沢山の暖かいエールを頂きました。有難いです。 本当に有難う御座います。 県の学校現場に拘り情報系実習助手という立ち位置で36年間、情報教育の裾野を広げる為に、 此れ迄に巡り会う事が出来た、一緒に何かを創る事が出来た、助けて頂いた、私を生かさせて頂いた、 全ての皆様に、大感謝。 小学生の頃の体育の成績が5段階の1だった程度に元々身体が丈夫で無いので、 正直、この歳に成る迄生きて居るとは想像しなかった。 今後も、多病息災を意識して、情報教育の触媒として、日々のルーティンを粛々と、 何処かでゴソゴソ (*5) と動く所存で御座います。 其の内に、記録にも記憶にも残らずに消え去る迄、もう少しだけ、宜しくお願い申し上げます。

 基本的に極度の心配性で緊張しいなので、段取りや例外処理に思い煩い、気が休まる暇も無く、 「”次回”は私に無いかも」→後悔しない為に「今年度迄は」「○○が終わる迄は」 「今週を乗り切れば」「今日が過ぎれば」と唱えながら、 自分なりには懸命に、此処迄生きて来た心算です。 wym2024、asep2024、高校生 ICT Conference 2024、其の他の事など、生徒の活動を、 単発的な体験や調べ学習で済まさず、其処から、 自律的な、気付き、学び、提言、アクションプラン、の スパイラル へ繋げて行く。 各々の○○が、私にとっては、One of them では無く、目の前に有る。
 令和の章になり、日常の若い此れからの先生方も頑張っている様で、密かに、嬉しい。 私の現在は、下記の「近況」の状態ですが、 深刻に考えず、楽観的に、前向きに、迷惑にならぬ程度に頑張らず、 長年日常を支えて貰って居るカミさんにも最大限に感謝して、 少しずつ、自分自身のリカバリを行って参ります。 頑張れ、若い此れからの先生方。

 人間万事塞翁が馬。成る様に成る。成る様にしか成らない。 天知る、地知る、我知る、人知る。 嘘、出鱈目、我田引水、依怙贔屓、卑怯、筋が通らぬ話は、大嫌い。 何時まで経っても、学校がヌクヌク横着したいだけで、 結果的に秩序を駄目にする事で私が利を得るのは、もう耐えられない。 損な性分だと思うが、仕方が無い。 自分の心に恥じる処を極力少なく、不器用に、出来るならば心穏やかに、もう少しだけ、生かされて居たい。 私が触媒ならば、有形無形、得たもの、失ったもの、 貸借対照表バランスシートに嘆くより、 いっそのこと、全てを捨てる事を考えようか。


🌸 Ⅲ.近況 / 今後のこと

 さぁ、11月だ。此れから2か月、年末まで、バスよ、疾れ。龍よ、翔べ。

 今回の一連の 案件(*6) については、当初より私以外にも何人もパワハラ被害が波及している事も有り、 学校に対し精神的にズタボロなので、此処では、これ以上は書かない。 流石に今回は余りの酷さに県教委からも学校へ色々と有った様で、 少しずつ状況は変化している(私には全て事後)が、 私は、9月初旬、学校側が、 困惑している当事者全員を前に説明をした際の、あの嬉々とした顔と、 「生徒の為」「裏ワザ」だと明言する、 本当に生徒の為を考えるなら私にとっては絶対に有り得ない程に横着な其の内容を、 死んでも忘れないだろうな。

私自身は、授業や、作問や、採点をすること自体は嫌いでは無いが、「指導力が無い」意識は常に有る。 何より、最終的な評価を含む責任の問題。 個人的な感情としては、 採用試験に落として置いて、何を今更

つまりね、天上で偉い神様達が、縦割りな立ち位置で、御尤もな御宣託を並べるのは、 其れが「お仕事」だから良いけれど、 36年前も、今も、下界の未開の地は、こんなもんなのですよ。 遣り甲斐詐欺で綺麗事を並べ立てて居ても、「寄り添う」のでは無く「擦り寄り」、 都合が悪くなると「人として有り得ない」と人格を否定し、 イザとなれば「助手なんざ不適格でクビ!」なのだろうね。 生徒達が、私の、(刹那的な楽しさで無く)考え方の面白さを知り、 其処から自律的に次に繋げて欲しいと願う「授業」に頷いて呉れるのが、救い。 しかし、遣り甲斐詐欺の積み重ねが組織全体の秩序を破綻させるのは、 私自身が、何度も経験済み。 吉良先生(*7)、何とかして下さい。

 私は、 誰が悪いとか愚痴を言いたい訳でも、 自分の正義を他人に押し付け、したり顔で「人として有り得ない」等と人格の否定をしたい訳でも無く、 抑々、自分が正義だなんて思っても居ない 。 大昔から脈々と引き継がれ、繰り返され、年を重ねる度に更に酷くなって行く、 コンプラもモラルも、組織としての責任所在も秩序も崩壊した、 「誰も彼もが、建前の御旗を掲げ、自分がしない、出来ない事の言訳と責任転嫁をし合い、 日常の手抜き、捏造、不正、馴れ合い、済崩し、最後は、論点をすり替えた感情的な 仲間意識(*8) を振り翳し、針小棒大、粉飾満載で完全に形骸化した、外部への立派な企画書や報告書の山」、 の状態の今の学校現場に対して、 私は、共犯にされたく無い程度に、遣り甲斐もモチベーションも消え失せ、もう 身体(*9)精神(*10) も、此れ迄、其れを理由にしない程度に頑張って来た心算だが、 現状は、 もう耐えられ無い程度に、自分のしょうに合わない だけ( 勿論、自分のしょうが正義だなんて微塵も思っては居ない )。 特に、今回を含む、この1年半余りの凄まじい様々な ストレス(*11) に対し、私の耐性が低下して来ている為なのか、 日常の殆どの事がどうでも良くなって居る程度に心労が酷く、 夏の健康診断の結果も昨年度と比較して予想よりも物凄く酷い。 本当に、真摯に頑張って居る生徒、先生に対して、不甲斐無い。 此の輪廻は何時まで続くのか。

 そういう訳で、其の後の生活に物凄く不安が有りますが、 自分自身の健康と精神の安定の為、遅くとも、今年度末迄には、 少なくとも、 勤務校を見限る事は、既に、周囲にも明言して居ります。 「煩わしいのが居なくなった、此れで思う存分に捏造、我田引水、横着出来るぞ」と、 内心は思われているのは承知。頑張れ、若い此れからの先生達。

 また、この10年半もですが、特にこの1年半程の、私自身だけでは無い様々な事象に関しては、 時系列を含め、私なりの分析が殆ど出来て居るので、一般論として纏めて、 何時か、発表する予定で居ります。


 それでも、 扇風機が熱気を吹き付ける連日の殺人的な酷暑が収まり、体調不良や鬱傾向は続いては居るが、 「思考が停止し、口から魂が抜け出ていた」此の数カ月よりは、吹っ切れた感は有る。 此れも、皆様のお陰です。 幾つもの薬を、点して、飲んで、呑んで、塗って、貼って、 酒も呑んで、夜はしっかりと寝て、次の章に向け、気を入れ替え、意識を整えよう。

 例えばヒトが居なくとも、それでも地球は、その時の環境に適合した夥しい種の生物を載せ、 自然の法則に従って、自転しながら太陽の周りを平然と廻っているだろう、事と同程度に、 全国に数多散らばる各々の学校現場は、学習指導要領等と言った全体の共通理解の意識とは関係無く、 その時々の各々の「環境」と「利害」に適合した人達を載せ、動いて居るだろう。


 近年、色々な方から、情報教育について、色々な相談を受ける事が増えました。 私は、定年以降、此方から必要以上に直接口を出す事は控えていますが、 訊かれれば、今の私が納得し、今の私が判る事、 今の私に出来る事、今の私がお手伝い出来る事で有れば、お応え致します。是非、御連絡を。

 『急げ悲しみ、翼に変われ』
 『急げ傷跡、羅針盤になれ』
 『崖を登り、呼ぶよ「さあ、行こうぜ」』



🌸 Ⅳ.補足・蛇足
                     


 
🌸 附記:平成版 実習助手のお仕事

ICT支援員などは、昭和・平成の闇を繰り返さず、 守備範囲を済崩しにせず、教諭とICT支援員とで上手く連携を計り、定着すれば、と、心から願う。 勿論、仕事が大変なのは、同じだが。 でも、全国の各学校では、教諭側にも、ICT支援員側にも、 平成を引き摺った、4象限マトリクス的な、色々な思惑が有るみたいですね。

学校現場の教諭の心理を考える上で私が非常に興味深いのは、 私を「指導力が無い」と採用試験で不合格にしておきながら、実習助手として採用されれば、 最初から授業をする気が更々無い教諭と私とを TT にしたり、 時には知識も授業力も指導力もモラルさえも無い何処かのオッサンに教科「情報」の 臨時免許 を渡したり、と、大昔も昔も今現在も 経験した全ての勤務校に於いて、酷く差別的なマウンティングとして 組織的に日常の言葉や所作の端々に感じられること。

以下、全て、嘘偽りの無い、ノンフィクション、私自身の、複数の(=全ての)勤務校での実体験です。
ワークライフバランスだ、働き方改革だ、と、どれだけ表向きで綺麗事を並べ立ててみても、 教育現場の実態は、こんなものなのですよ。 時代が移り変わっても、人間の無意識な感情なんて、変わりませんからね。 此処に書けない様なパワハラ・モラハラ事例は、前後編の本が一冊書ける程度にストックが有ります。

特筆すべきは、それが決して一校の特殊な事例では無く、何処でも、同様の傾向が極めて強い、という事です。 組織全体の秩序と品質を健全に保ち、形骸化させない様に、若い此れからの先生達が、 意識して、少しずつでも、変えて行かないと、と強く願います。 令和の章になって、それが変化するのか否か。 それは、若いこれからの教諭達にかかっています。

(0).
過去、教諭達が私に対して「忙しいからこんな仕事して居られない」「これは教諭の仕事じゃない」 と実際に私に押し付けて来た項目をリスト化すると、授業を含め、教諭の仕事は、何も無い。 その間、教諭は、管理職の代わりにウソッパチの企画書や報告書を書くとか、 ゲームとか、競馬とか、は、していた様だけど。

助手の事を、生徒に対しても、「先生」では無く「さん」と区別して呼ぶ学校も実在する。 立場上は、間違って居ないし、私自身は其の事自体に対しては、気にして居ない。 しかし、其の実態は...なので、物凄く呆れ果てては居る。

(1).
ヒラメ主任が曰く、
「授業で使うソフトウェアをコピーしろ。教育の為だ、構わないのだ。 組合で懇親会をやるからゲームソフトもコピーしろ。教育の為だ、構わないのだ。 著作権侵害だから嫌だとぉ? 実習助手なんざ逆らえば不適格で直ぐにクビだ。 バレたらどうするだとぉ? コピーするのは助手なのだから助手の責任だ。助手がクビだ。 俺達は関係無い。知らぬ話だ。助手の代わりなんて幾らでも居る。」

この主任に限らず、 「(自分が正義の)教育の為なら何をしても構わない」 「そうで無いのは人として有り得ない(人格否定)」的な「教育の独立性」を謳う教諭は非常に多い。 勿論コピーはしていないが、その為に、更なる卑劣なパワハラが...。

教諭は、自分達の私利私欲に因る権利には滅茶苦茶煩いが、プログラマや実習助手の権利はどうでも良いらしい。 大昔、Zaitが倒産した理由の一つ。

「働く仲間なのだから、俺の代わりに授業をしろ」も、日常的に良く有る。 続きは、上記と全く同じ展開。組合系の教諭に非常に多い。

(2).
基本、助手の授業はチームティーチングという表向きの体裁になっているが、 実態は、教諭は、来ない事が暗黙の前提、 偶に来ても、出席を取り、何の説明も無く「前回の続き!」と宣言して、居なくなる。 或いは、教諭が其処に居ても知らぬ体で崩壊状態の授業。何も判らない生徒の対応は助手。 チームの相手は、管理職本人か管理職の茶坊主、或いは肩書だけで情報が全く出来ない教諭。 時間割の二重帳簿なんて当たり前。複数校で日常的に体験済み。

茶坊主教諭
「校長が、『助手に授業も部活動もやらせて置いて、お前は何もしなくて良い』と言うから 授業担任も部活動顧問も引き受けたのだ。俺も授業や部活動をしなくてはいけないのなら、 校長に云い付けるぞ。」
→教諭は、授業も部活動も居ない。
---
茶坊主教諭(授業にも部活動にも出て来ない)
「勿論、生徒が国家試験に合格した成果を出したのは、俺だ。文句あるか。」
→管理職から推薦されて模範教諭になり、いずれは管理職に。
---
茶坊主教諭(私とTTの授業では無い)
「(日常は授業をサボって出て来て居ないから授業システムの操作が全く出来なくて 県教委視察のICT活用研究授業がグダグダになったのを) 全て助手がPCの故障を直していない責任だ。PCが故障していなければきちんと授業が出来たのだ。 あの助手は何も仕事をしない奴だ」
管理職
「早く直せ」

「(毎土日祝日盆暮れも無手当で片道30km終日出勤してPCの保守をしているから) 全然壊れてないんですが...」
管理職&教諭
「逆らえばクビ!!!」
---
教諭が(私とTTでは無い)授業中、例えば、 プリンタが(スリープでオンラインのランプが点いていなくて)印刷出来ないのを、 態々私を教室に呼び出し生徒の前で「故障している、授業が出来ないじゃないか」 と罵倒する様なレベルの事は、複数の教諭から、毎日の様に起きる。 自分が判らないのでは無く、助手の責任に因る故障だと言いたいらしい。 説明しても更に酷い言葉が返って来るだけので、私がプリンタのオンラインのボタンを押す。 (5)にも通ずる。

(3).
実習室のコンピュータの保守と言うのは、生徒が居ない時でないと出来ない。 つまり、基本、始業前、部活動後、授業や部活動の無い土曜日曜、祭日、盆暮れ正月、という事になるのだが、 それらの作業に対する手当や代休は、採用から定年迄、一切受け取った事は無いし、 そういった制度も無い(特殊勤務手当に当たらない、らしい)。 なお、私の場合、部活動に対する手当も、特殊勤務手当に当たらない、らしい。貰った事は無い。
私は(2)の様な責任転嫁をされるのが大嫌いなので、 採用から前勤務校迄は上記に当る日はほぼ出勤していたのだが、それでも(2)は日常的に有る。

更に、表向きは「助手は仕事をしない!」を公言しているが、 その実態は、教諭自身は、日常の授業に出て来ないだけでは無く、 私が上記の日に出勤している事を良い事に、 教諭が生徒に上記の日に学校で課題の実習をして判らなかったら其処に居る助手に訊く様に言い、 私には一言も無く、教諭自身は当然学校に来ない、といった事も日常茶飯事で、 その為に私の作業が大幅に遅れる、という事も、過去に複数の勤務校において日常的に起きている。 私がその日に学校に偶々居なくて生徒が質問出来なかった場合の苦情も私に来る。 勿論、生徒が検定に合格したなどの成果は全て教諭のもの。で、「助手は仕事をしない!」
これは、経験や伝聞として、決して一部の高校による例外では無く、 普遍的に、何処の学校でも起きている、と確信している。

また、実体験上、何処の勤務校も鍵の管理が凄まじく杜撰で、 裏では暗黙に教諭や事務が生徒に鍵を渡したり預けたりしており、 更に、教諭も生徒も基本的に機器の電源オフ、消灯、部屋の戸締りという概念が無いらしく、 その苦情は(教諭や事務は、自分達の怠慢がバレたく無く生徒には「話の分かる人」で居たいので) 全てその日に学校に偶々居なかった私に殺到し、時には窃盗の疑いを擦り付けられる。

つまり、総じて言えば、それが嫌なら、 土曜、日曜、祝日、盆暮れ正月も、朝から晩まで、手当は出ないが学校に居ろ、 助手なんざ逆らえば不適格でクビだ、と、いう事。これは非常に重要な事なので覚えて置く様に。

(4).
時間割、成績処理、進路、各種印刷製本、同窓会の名簿、など、 ありとあらゆる課、科、学年の仕事において、「パソコンを使って」という言葉を前に付ける事で、 これは自分の仕事では無いと言い放ち、あらゆる仕事を丸投げして来る。 つまり、その内容に関わらずパソコンを使って行う仕事は全て自分の仕事では無い、助手の仕事だ、と、言いたいらしい。 或いは、自分がパソコンという道具を使いこなせない不都合は全て道具の所為にしたいらしい。 データでは無く、道具が主体。
この発想は、現在の、 「パソコン使うのは情報科」「プレゼンするのは情報科」「問題解決するのは情報科」へ、 更に、「適当にパソコン使ったら情報の授業」「適当にプレゼンしたら情報の授業」 「適当に調べ学習したら情報の授業」へ、 そして、令和のGIGA構想での、教科「情報」の教諭の負担増へ、通じている。

(5).
大昔、大規模な商業高校で、毎時限授業が終了する度に、点在する4つの実習室から、 「PCの電源が落ちていなかった!」「Wordの設定が問題集の図の通りで無かった!」 「壁紙が!」「アイコンが!!」「ツールバーが!!!」 「教室の灯が!」「窓が!!」「鍵が!!!」 と、教諭が入れ替わり苦情をタラタラ言って来るが、 それを休み時間10分間毎に全て元に戻せって非現実的だし、 苦情は前の授業担当者に言うか、実習室を使う担当者で相談すべきことだし、 そもそも授業中の事なのだから各教諭が指導すべきことで、この人達一体何を教えているのだろう???  あぁ、そうか、自分が指導出来ないから、前の授業の教諭にも言いたくないのか、という結論に至り、 呆れ果てた時期が何十年も続いていた。 例え、その後、復元システムが導入されたとしても、 根本的な、馴れ合い指導と責任転嫁の体質は、今も全く変わってはいない。

(6).
校内中のコンピュータ(40台~120台)に誰かのドジでウィルスが感染した際に、 「予算が無い!外部にバレたら不味い!!一人で直せ!!」と管理職から命令されたことも、複数校で有る。 勿論、教諭は知らん顔。 例え、黄金週間の全ての休日を終日使い一人きりでパンを齧りながら修理しても、 手当、軽減、一切無し。

(7).
大昔、管理職から各課に振り分けられたプロジェクトの作業が、 表向きは各課が作業を行っている事になっているが、 実は、裏では、各課で都合の良い様に仕様を変更し、各課から私に丸投げされた。 しかも、各課から投げられたものを突き合わせると仕様が全くバラバラで整合性がとれないのだが、 私が指摘しても各課主任は各課間で調整する事をせず、自分に都合の良い仕様を強制してパワハラ三昧。 名付けて「チリ地震津波現象」。

此方がどれだけ切羽詰まった段取りで作業をしていても、 勤務時間中は勿論、例えそれが休日であったとしても、 突然横から割り込んで来て、 「(そんな仕事なんてどうでも良いから)俺の私物のパソコンを直せ」 的な用事を強制的に押し付けて居なくなる事も、茶飯事。

成績の入力期限が金曜日の17時で、成績個人票の印刷期限が月曜日の8時という事は、何処の学校でも普通に有る。 例え私が教務で無くとも。勿論手当は一切無い。

私が予め「職員会議の後で」と準備し告知して置いた行事が、 職員会議で、前提として運営委員会で教諭が確認出来て居る筈の内容に対して長々、ウダウダと蒸し返し、 その結果、行事の開始が勤務時間が過ぎると教諭はサッサと帰る為、 私はもう一度行事をセッティングし直し、告知し直す。

(8).
「年休を取ったら当然評価を下げる、当たり前のことだ」← 私が居ないと自分が授業をしなければいけないから
「年末年始も学校で作業をしろ(手当は無い)」
「(上記の様な事に)逆らえば助手なんて不適格で直ぐにクビだ。」
「代わりの人間なんて幾らでも居る」
実際に、日常的に、何度も繰り返して言われて来た言葉。

決め台詞の「逆らえば助手なんざ不適格で直ぐにクビだ!代わりなんて幾らでも居る」。 この根強い超ブラックな学校現場の意識の所為で、 今は「(優秀な)代わり」が少なくなった気がする。 学校がブラックである最大の原因は、教諭です

特に、上記の事例は、 日頃、自分の勤務時間には5分でも煩く騒ぎ立てる様な組合系の教諭に多い傾向が強く感じられる為、 組合も全く信用していない。※個人の体験です。

近年は、ネットワーク系の保守は遠隔で出来る様になり、 24時間体制で行えるようになった(している)が、 その作業に対する手当も、その制度も、無い。

(9).
或る年度末。『ネットが繋がらないから仕事が出来ない! 仕事を終わらせたいのに送別会にも行かなきゃならない!どうなっているんだ(直ぐ直せ)!』 → 異動する私は送別会に出席せず一人で対応、処置。異動しない前述の教諭達は (行きたくもないが仕事だと思って仕方なしに出席する)送別会へ。 因みに、私は呑みニケーション宴会は大好きです。

(10).
生徒会執行部費の予算請求に自分の私用の領収書を付けて来たり、 清掃活動などの学校行事に自分が顧問の部員だけを優遇する、特活課長。 普通に何処にでも居ます。

(11).
1年間、半分の生徒への指導を完全放棄する教諭。直接的、間接的、パターンが有る。


(12).
とある「学校コンプライアンス」の実践事例2004
とある「情報」の実践事例2013
とある「情報コンプライアンス」の実践事例2013


教諭って、「教育の独立性」を振り翳し、各自が「自分が正義」「自分だけは特別扱い」な、烏合の衆なんだなぁ、と実感。 詳しい話は別の処で。