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for Responsible teachers (Soliloquy)

February 7th, 1996 / April 2nd, 2025



ジグソーパズルのひとかけら


🌸 30年目の所信表明 (R7/2/7)
 受動的な「楽しさ」至上主義から、能動的な「愉しさ」「面白さ」の探究へと、 高校生達が、自律的に、気付き、関心を持ち、相互に思考のInput/Outputを重ね合い、 自分事としてアクションを起こし、 振り返りから更に次へと繋げる、学びの演出を、皆で一緒に考えよう。 29年前の頃の様に。 生徒達の、其の気付きや学びが、各々の生徒の、 其の時の、自己ベストになれば佳い。 今は、其の為のGIGA。其の為のDX高校。其の手段としての、小-中-高-大、産-官-民の連携、国際協働。 其の為なら、私は、全国、台湾、何処へでも行くよ。 生徒達は、学校や教諭、会社、地域の為の玩具(手段)では無い。

 「生徒」を主語にした文章を書くのは難しくないし、私は此れ迄にも山程読んだ。 しかし、大切な事は、 「試行錯誤の無い上膳据膳の 成功体験や、 学びの目的や次への気付きに繋がらない感傷的な 達成感、 受動的で一過性な 楽しかったね」 で誤魔化して終わらせない、 生徒の自律的な気付きや学び、アクション、振り返り、課題、次への過程を、全て時系列で明確にし、 生徒に対する学びの責任を持って具体的かつ論理的に説明している、その述語

 DX高校、情報Iから情報Ⅱへ、共通テスト、小中高大の連携、生成AI。 次々と押し寄せ、太平の惰眠を貪る高校に対し 開国を迫る艦隊達(*2)。 例えば、情報科の 単位未履修問題(*3) や、商業科の 代替科目問題(*4) に象徴される、 『時の流れを止め「変わらない」夢を見たがる』高校の教育現場。 私は、『変わらない「夢」を時流の中に求める』。 例え「おじいさんのランプ」が「電球」「蛍光灯」「LED」に変わっても、「灯す」夢は変わらない。

 井の中の殿様蛙が、全てに於いて、「言葉」が定義する本質を矮小化、形骸化させ、 遂に県教委から幾つも指導される程度の不正、出鱈目、済崩し、時には「認識の相違」と宣い、 粉飾に塗れた裸の王様然として、ヌクヌクと茹で蛙になるのを構って居る程の時間は、私にはもう無い。 私は、全国で本質に対して真摯に頑張って居られる方々への愚弄に、加担する意思は全く無い。

 『旧い船を今動かすのは、旧い水夫では無い』。其の解は無数に有る。 決してネガティブでは無く、此れは、私からあなたへの、エールの心算。 あなたは、今、何を、どうしたいですか?



🌸 0.序

 何が事実か。何が嘘か。「嘘だ」が嘘か。何故それは嘘なのか。 何故其処に嘘が生まれ存在するのか。虚構か否か。 嘘と見做すものの排除では無く、其処に嘘が存在するという事実。 或いは、一つの好都合な要因の陰に隠蔽される幾つもの多角的な要因と触媒。 新聞、ラジオ、TV、パソコン通信、SNS、そして生成系AI、 各々の特性に因ってヨノナカに数多散らばる好都合なカテゴリやバズワードにすり替えられた 一人ひとりの人間の私利私欲のジグソーパズルを丹念に嵌める事で、 其処から見えて来る、結果としての、幾つかの未来。 局所的&刹那的な断片では無く、立体的&時系列としての繋がり。

 例えばヒトが居なくとも、それでも地球は、その時の環境に適合した夥しい種の生物を載せ、 自然の法則に従って、自転しながら太陽の周りを平然と廻っているだろう。 全国に数多散らばる各々の学校現場は、学習指導要領等と言った全体の共通理解の意識とは関係無く、 その時々の各々の「環境」と「利害」に適合した人達を載せ、動いて居るだろう。 そして、適合しない人達は、其処を見捨て、違う世界へ旅立つだろう。



🌸 Ⅰ.独言
[1].
 教職免許(相当)が無くとも誰でも先生になれるなんて、 教育の内容の保証を放棄した国が先進国に有るのかどうか知らないが、其の根底に有るのは、 例えば、臨時免許に関する、此れ迄の出鱈目な 色々や、 特に、令和6年9~11月に今の勤務校で起きた一連の 案件(*9) などに見られる、現場の、免許に対する責任の意識の無さと全く同じで、 私の初任からの実体験からすれば、何かが変わる事も無く、現場が横着する時間が延長されるだけ。 幾つもの点で、ツッコミ処満載、私の個人的な感情からすれば、何を今更。 少なくとも、其れを「井戸の外」がどう思うか、其れをどう都合良く利用しようとするか、は、 有るんじゃないか知らん。 今後、働き方改革に因る色々な縛りや、私立高校の授業料の完全無償化なども相まって、 学校の設備や学びの内容に因る学校間の偏差が、上下だけで無く、左右も含めて、 更に酷くだろうという予感は有る。

[2].
 従来からのキーワードによる「検索」も、生成系AIのプロンプトによる「検索+機械的な要約」も、 ビッグデータへの的外れな入力に対して、返答が的外れになるのは、同じこと。 あくまでも質問の的確さと最終的な判断は自分の責任。 キーワードが判らないのにプロンプトは書けない。 AIを有能なアシスタントとして上手く使いこなせるか、が、境目。 その発想は、 管理職や課長が部下を使う際の、 部下に的確に指示し最終的な判断やその責任はキチンとする有能な上司と、 無能で部下に何の説明も無く仕事を丸投げし成果は横取りし不都合は擦り付ける様な上司との境目、に、 酷似しているのかも。

[3].
 以下、根拠は無い、あくまでも個人の感想。
私が大昔から酔った勢いで「日本語もプログラムも、何方も『言語』だ!」と言うのは、 冗談では無くて、本当にそう思って居る。 例えば、古文の、尊敬語と謙譲語とか、未然形と已然形とかのアルゴリズムは面白いと思って居るし、漢文の文法も同じ。 「あはれ」と「をかし」や、「愉しい」と「楽しい」も。 文法や言葉ワードを意識して文章の意味を読み取る、そんなトレーニングを多く積み重ねて来た人は、 今回の共通テストの情報Iの様な問題は、有利だったのか知らん、と思ったりする。 まぁ、高校の場合、国語は「文法」や「言葉ワードの定義」より「文学」の要素が強いのだろうか。

 今のヨノナカって、お互いに同じ言葉ワードを使い、 判り合った心算になり、安心して居るが、 実際は、人によって其の言葉ワードの定義が杜撰だから、 お互いに全然判り合って居らず、「認識の違い」「その場限り」な事が、物凄く多いよね。 昔の 情報デザインとか、 インクルーシブとか。

[4].
 大学生時代、言語学とか方言学とか民俗学とかに感けていた頃に知った話。
或る地域に住む人達には二人の英雄神が居り、片方が善い神、もう片方が悪い神として知られています。 しかし、この地域は南北に伸びる山脈によって東西に分断されており、 山脈の西側と東側とでは、善い神と悪い神の名前が入れ替わっています。 これは、大昔、西側の人達と東側の人達で争いが有って、各々が、各々の英雄だった為と考えられます。 その後、外部から研究者と称する人達が片側にやって来て調査を行い、 その研究者に便乗し様々な形の私利を得ようとした人達を巻き込んでその文化を発信したため、 片側の文化が、その地域全体の文化で有るかの様に、広められたのです。 情報源は、一方だけの根拠を唱える人達とその周囲の利害関係や感情論へのすり替えを見極め、 客観的に。エラそうなセンセイやマスコミが言うから正しい訳では無い、の一例。 マスコミって、GxTの昔から、野球に限らず、こういうのが酷いな、と思って居るが、近年は、壊滅的。


🌸 Ⅱ.近況 / 今後のこと

 『やってみせ 言っても聞かない しもしない 誉めてもしない 教諭は動かじ』
 私自身の立ち位置の様々な影響や、老後の生活資金の無さなど、物凄く悩みましたが、 完全なる絶望感により、令和6年度で、退官致しました。
 私は、この36年間、情報系実習助手として、学校現場一筋に、 例えば、日常の「授業」や、20年に亘る県商研の情報処理の作問委員、 或いは、World Youth Meeting、高校生 ICT Conference なども含め、 県のICT教育の先発中継ぎの一人として、少しでも県の高校生達の為に(教諭の為では無い)、という思いで、 奈落で動いて参りましたが、 歴代の学校現場は、相変わらず、自らは動こうとはせず、 横着、出鱈目、法令違反、不都合は責任転嫁、粉飾した成果発表、の日々。 特に、此の二年間(令和5~6年度)に亘る、 所信表明でも触れた様な学校現場の実態や、 度重なる酷い嫌がらせ(*12)、 独言[1]でも触れた 案件(*9)、 言葉の定義を誤魔化し、大前提と目的を摩り替えながら安穏としている、井戸の中の教育現場を考えるとき、 過去を含む、幾つも重なるジレンマによる精神的苦痛など、 今も、真剣に死にたい程度に堪えられない毎日で居ります(現在進行形)。

 学校側の、横着と私利私欲に塗れた価値観、倫理観による思惑がどうであれ、 陰でコソコソと疎まれる前に消えたい、という私なりの引き際の価値観、倫理観も有ります。

 R7年度からも、色々な事に取り組みたい、と、思って居ります。 此れ迄は言えなかった事も言える。クシャミされれば、何処でも行きます。 60歳定年の時に、或る人から提案された、教育系YouTube「Rynの、もっとICT!(仮題)」も、 (それで収益が出ると思えないし、そうとも思っては居ないが) 面白いだろうな。このサイトも、或る意味、そうだし。 大昔は、〇歳プログラマ定年説なんて話も有りましたが、リスタート、リスキリング。学び直しです。


追記 (R7/3/10)
 私の36年間を知る、旧くからの仲間には判って貰えて居ると思って居るが、 今回、私が学校現場を見限った理由は、超多忙だからとか、パワハラ三昧だからとか、 組織として崩壊して居る天動説信者達の烏合の衆だから、とか、 教諭達の横着と自己顕示の為の、法令やガイドラインの無視、 不正、出鱈目、隠蔽、企画書と報告書の捏造・粉飾、不都合の全てを責任転嫁、などでは無い。 其れ等を其の理由とするならば、私は、 疾うの昔 に辞めている。 其の理由は、此れも大昔からだが近年は壊滅的に酷い、 学校現場の、 『「言葉」が定義する本質の矮小化、形骸化』、 『授業の大前提を横着な目的にすり替えた めっちゃ楽しい授業(*6)判り易い授業(*7)』、 『「自分の正義への無関心や反論は人として有り得ない」、多様性の無い思想洗脳授業』、など、 生徒を利用し、我欲に酔い痴れるばかりで、私には、其れをアシストする魅力も遣り甲斐も全く感じないから。 仕事の内容では無く、スジを通さない(スジさえ無い)滅茶苦茶な日常が堪え切れない。 近年の、年毎に酷くなる、「学校要らない」の大合唱も、教諭の優秀な成り手が居ないのも、 井戸の中は、「自分達は悪くない」と学校以外の要因にすり替えようとしているが、 真相は、現場のそんな実態が井戸の外に知れ渡ったからで無いのかな、と確信して居る。 此方がやって見せても自分達は関わろうとせず 「(パワハラに)逆らえば不適格でクビ!代わりなんて幾らでも居る」と横着していた『模範』教諭達が 「代わり」が居なくなり、自分達が横着した分だけ学校現場に時代の流れに対応する力も無く、漂流して居る、 誰の所為でも無い、自業自得なだけ。

 今年(R7年)2月下旬に、昨年8月の健康診断の医師との最終面談が有った。 特に、一昨年8月に酷く悪化した数値から今回更に急激に悪化した結果に対し、 「此れ、入院するレベルだからね、何時死んでも可笑しく無いからね」と、 再度、念を押された様な気がするが、其れは自分で調べて充分に判って居るし、 だから?どうしろと?だし、 勤務校は昨年12月に心の中で完全に「見限った」ので、黙って聴いて置いた。 此れ迄、言訳にしたく無かった、今年度当初の前述を含む健康上のお願いも、全て済し崩しに反故にされ、 昨年9月の嬉々とした笑い声が頭を離れず、この半年は、死んだ方が楽だろうな、と思って居た。 今は、もう少しは生きて、校内で、県内で、全国で、頑張って居る若い此れからの人達を、 何処かでゴソゴソ (*8) と、観て居たい、という気もする。


更に追記 (R7/4/2)
 何人もの方に、健康の心配を頂き、本当に有難う御座います。 子供の頃から、人間、死ぬ時は死んで、天国も地獄も無く、存在が無になるのだろうと思って居ります。 何にでも病名を付けたがるヨノナカですが、 私の場合は、特に、自律神経系と複数の消化器系に気を付けながら、多病息災で暮らします。 もう既に殆ど精神的に「無」ですが、もう少し、宜しくお願い申し上げます。




🌸 Ⅲ.御礼

 このサイトも、満29年を迎える事が出来ました。30年目へ入ります。 取り敢えず、特にこの2年間で精神的に取っ散らかった状態を元に戻し、 4月以降は、纏った時間を見付け乍ら、令和9年頃を目処に、 白鳥座の内部構造の大掛かりな改修を行います。 時折、私のレスポンスが悪かったり、サーバがダウンして居たり、私がダウンして居たり、 するかも知れませんが、何卒、ご容赦を。

 また、令和7年となり、お陰様で、私も数え年で68になりました。 昨年も、私自身が、皆様から、多くの事を、気付かせて、学ばせて頂きました。 有難いです。本当に有難う御座います。 県の学校現場に拘り情報系実習助手という立ち位置で36年間、情報教育の裾野を広げる為に、 此れ迄に巡り会う事が出来た、一緒に何かを創る事が出来た、助けて頂いた、私を生かさせて頂いた、 全ての皆様に、大感謝。 正直、生まれつきの体質も有って、この歳に成る迄生きて居るとは想像しなかった。

 『話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば人は育たず』
今後も、多病息災を意識して、情報教育の触媒として、日々のルーティンを粛々と、 何処かでゴソゴソ (*8) と動く所存で御座います。 其の内に、記録にも記憶にも残らずに消え去る迄、もう少しだけ、宜しくお願い申し上げます。

 『やっている 姿を感謝で見守って 信頼せねば 人は実らず』
 令和の章になり、校内で、県内で、全国で、若い此れからの先生方が自ら試行錯誤しながら頑張っている様子が、 密かに、嬉しい。 私は、余り深刻に考えず、楽観的に、前向きに、迷惑にならぬ程度に頑張らず、 長年、日常を支えて貰って居るカミさんにも最大限に感謝して、 少しずつ、自分自身のリカバリを行って参ります。



🌸 Ⅳ.補足・蛇足
                       


 
🌸 附記:平成版 実習助手のお仕事

ICT支援員などは、昭和・平成の闇を繰り返さず、 守備範囲を済崩しにせず、教諭とICT支援員とで上手く連携を計り、定着すれば、と、心から願う。 勿論、仕事が大変なのは、同じだが。 でも、全国の各学校では、教諭側にも、ICT支援員側にも、 平成を引き摺った、4象限マトリクス的な、色々な思惑が有るみたいですね。事例を収集中。

学校現場の教諭の心理を考える上で私が非常に興味深いのは、 私を「指導力が無い」と採用試験で不合格にしておきながら、実習助手として採用されれば、 最初から授業をする気が更々無い教諭と私とを TT にしたり、 時には知識も授業力も指導力もモラルさえも無い何処かのオッサンに教科「情報」の 臨時免許 を渡したり、と、大昔も昔も今現在も 経験した全ての勤務校に於いて、酷く差別的なマウンティングとして 組織的に日常の言葉や所作の端々に感じられること。

以下、全て、嘘偽りの無い、ノンフィクション、私自身の、複数の(=全ての)勤務校での実体験です。
ワークライフバランスだ、働き方改革だ、と、どれだけ表向きで綺麗事を並べ立ててみても、 教育現場の実態は、こんなものなのですよ。 時代が移り変わっても、人間の無意識な感情なんて、変わりませんからね。 此処に書けない様なパワハラ・モラハラ事例は、前後編の本が一冊書ける程度にストックが有ります。

特筆すべきは、それが決して一校の特殊な事例では無く、何処でも、同様の傾向が極めて強い、という事です。 組織全体の秩序と品質を健全に保ち、形骸化させない様に、若い此れからの先生達が、 意識して、少しずつでも、変えて行かないと、と強く願います。 令和の章になって、それが変化するのか否か。 それは、若いこれからの教諭達にかかっています。

(0).
過去、教諭達が私に対して「忙しいからこんな仕事して居られない」「これは教諭の仕事じゃない」 と実際に私に押し付けて来た項目をリスト化すると、授業を含め、教諭の仕事は、何も無い。 その間、教諭は、管理職の代わりにウソッパチの企画書や報告書を書くとか、 ゲームとか、競馬とか、は、していた様だけど。

助手の事を、生徒に対しても、「先生」では無く「さん」と区別して呼ぶ学校も実在する。 立場上は、間違って居ないし、私自身は其の事自体に対しては、気にして居ない。 しかし、其の実態は...なので、物凄く呆れ果てては居る。

(1).
ヒラメ主任が曰く、
「授業で使うソフトウェアをコピーしろ。教育の為だ、構わないのだ。 組合で懇親会をやるからゲームソフトもコピーしろ。教育の為だ、構わないのだ。 著作権侵害だから嫌だとぉ? 実習助手なんざ逆らえば不適格で直ぐにクビだ。 バレたらどうするだとぉ? コピーするのは助手なのだから助手の責任だ。助手がクビだ。 俺達は関係無い。知らぬ話だ。助手の代わりなんて幾らでも居る。」

この主任に限らず、 「(自分が正義の)教育の為なら何をしても構わない」 「そうで無いのは人として有り得ない(人格否定)」的な「教育の独立性」を謳う教諭は非常に多い。 勿論コピーはしていないが、その為に、更なる卑劣なパワハラが...。

教諭は、自分達の私利私欲に因る権利には滅茶苦茶煩いが、プログラマや実習助手の権利はどうでも良いらしい。 大昔、Zaitが倒産した理由の一つ。

「働く仲間なのだから、俺の代わりに授業をしろ」も、日常的に良く有る。 続きは、上記と全く同じ展開。組合系の教諭に非常に多い。

(2).
基本、助手の授業はチームティーチングという表向きの体裁になっているが、 実態は、教諭は、来ない事が暗黙の前提、 偶に来ても、出席を取り、何の説明も無く「前回の続き!」と宣言して、居なくなる。 或いは、教諭が其処に居ても知らぬ体で崩壊状態の授業。何も判らない生徒の対応は助手。 チームの相手は、管理職本人か管理職の茶坊主、或いは肩書だけで情報が全く出来ない教諭。 時間割の二重帳簿なんて当たり前。複数校で日常的に体験済み。

茶坊主教諭
「校長が、『助手に授業も部活動もやらせて置いて、お前は何もしなくて良い』と言うから 授業担任も部活動顧問も引き受けたのだ。俺も授業や部活動をしなくてはいけないのなら、 校長に云い付けるぞ。」
→教諭は、授業も部活動も居ない。
---
茶坊主教諭(授業にも部活動にも出て来ない)
「勿論、生徒が国家試験に合格した成果を出したのは、俺だ。文句あるか。」
→管理職から推薦されて模範教諭になり、いずれは管理職に。
---
茶坊主教諭(私とTTの授業では無い)
「(日常は授業をサボって出て来て居ないから授業システムの操作が全く出来なくて 県教委視察のICT活用研究授業がグダグダになったのを) 全て助手がPCの故障を直していない責任だ。PCが故障していなければきちんと授業が出来たのだ。 あの助手は何も仕事をしない奴だ」
管理職
「早く直せ」

「(毎土日祝日盆暮れも無手当で片道30km終日出勤してPCの保守をしているから) 全然壊れてないんですが...」
管理職&教諭
「逆らえばクビ!!!」
---
教諭が(私とTTでは無い)授業中、例えば、 プリンタが(スリープでオンラインのランプが点いていなくて)印刷出来ないのを、 態々私を教室に呼び出し生徒の前で「故障している、授業が出来ないじゃないか」 と罵倒する様なレベルの事は、複数の教諭から、毎日の様に起きる。 自分が判らないのでは無く、助手の責任に因る故障だと言いたいらしい。 説明しても更に酷い言葉が返って来るだけので、私がプリンタのオンラインのボタンを押す。 (5)にも通ずる。

(3).
実習室のコンピュータの保守と言うのは、生徒が居ない時でないと出来ない。 つまり、基本、始業前、部活動後、授業や部活動の無い土曜日曜、祭日、盆暮れ正月、という事になるのだが、 それらの作業に対する手当や代休は、採用から定年迄、一切受け取った事は無いし、 そういった制度も無い(特殊勤務手当に当たらない、らしい)。 なお、私の場合、部活動に対する手当も、特殊勤務手当に当たらない、らしい。貰った事は無い。
私は(2)の様な責任転嫁をされるのが大嫌いなので、 採用から前勤務校迄は上記に当る日はほぼ出勤していたのだが、それでも(2)は日常的に有る。

更に、表向きは「助手は仕事をしない!」を公言しているが、 その実態は、教諭自身は、日常の授業に出て来ないだけでは無く、 私が上記の日に出勤している事を良い事に、 教諭が生徒に上記の日に学校で課題の実習をして判らなかったら其処に居る助手に訊く様に言い、 私には一言も無く、教諭自身は当然学校に来ない、といった事も日常茶飯事で、 その為に私の作業が大幅に遅れる、という事も、過去に複数の勤務校において日常的に起きている。 私がその日に学校に偶々居なくて生徒が質問出来なかった場合の苦情も私に来る。 勿論、生徒が検定に合格したなどの成果は全て教諭のもの。で、「助手は仕事をしない!」
これは、経験や伝聞として、決して一部の高校による例外では無く、 普遍的に、何処の学校でも起きている、と確信している。

また、実体験上、何処の勤務校も鍵の管理が凄まじく杜撰で、 裏では暗黙に教諭や事務が生徒に鍵を渡したり預けたりしており、 更に、教諭も生徒も基本的に機器の電源オフ、消灯、部屋の戸締りという概念が無いらしく、 その苦情は(教諭や事務は、自分達の怠慢がバレたく無く生徒には「話の分かる人」で居たいので) 全てその日に学校に偶々居なかった私に殺到し、時には窃盗の疑いを擦り付けられる。

つまり、総じて言えば、それが嫌なら、 土曜、日曜、祝日、盆暮れ正月も、朝から晩まで、手当は出ないが学校に居ろ、 助手なんざ逆らえば不適格でクビだ 、と、いう事。これは非常に重要な事なので覚えて置く様に。

(4).
時間割、成績処理、進路、各種印刷製本、同窓会の名簿、など、 ありとあらゆる課、科、学年の仕事において、「パソコンを使って」という言葉を前に付ける事で、 これは自分の仕事では無いと言い放ち、あらゆる仕事を丸投げして来る。 つまり、その内容に関わらずパソコンを使って行う仕事は全て自分の仕事では無い、助手の仕事だ、と、言いたいらしい。 或いは、自分がパソコンという道具を使いこなせない不都合は全て道具の所為にしたいらしい。 データでは無く、道具が主体。
この発想は、現在の、 「パソコン使うのは情報科」「プレゼンするのは情報科」「問題解決するのは情報科」へ、 更に、「適当にパソコン使ったら情報の授業」「適当にプレゼンしたら情報の授業」 「適当に調べ学習したら情報の授業」へ、 そして、令和のGIGA構想での、教科「情報」の教諭の負担増へ、通じている。

(5).
大昔、大規模な商業高校で、毎時限授業が終了する度に、点在する4つの実習室から、 「PCの電源が落ちていなかった!」「Wordの設定が問題集の図の通りで無かった!」 「壁紙が!」「アイコンが!!」「ツールバーが!!!」 「教室の灯が!」「窓が!!」「鍵が!!!」 と、教諭が入れ替わり苦情をタラタラ言って来るが、 それを休み時間10分間毎に全て元に戻せって非現実的だし、 苦情は前の授業担当者に言うか、実習室を使う担当者で相談すべきことだし、 そもそも授業中の事なのだから各教諭が指導すべきことで、この人達一体何を教えているのだろう???  あぁ、そうか、自分が指導出来ないから、前の授業の教諭にも言いたくないのか、という結論に至り、 呆れ果てた時期が何十年も続いていた。 例え、その後、復元システムが導入されたとしても、 根本的な、馴れ合い指導と責任転嫁の体質は、今も全く変わってはいない。
私に文句を言う事で、 「此れは自分が悪いのでは無い」と、周囲に、自分に、お互いにアピールして置きたいのだろうな、と思っては居る。

(6).
校内中のコンピュータ(40台~120台)に誰かのドジでウィルスが感染した際に、 「予算が無い!外部にバレたら不味い!!一人で直せ!!」と管理職から命令されたことも、複数校で有る。 勿論、教諭は知らん顔。 例え、黄金週間の全ての休日を終日使い一人きりでパンを齧りながら修理しても、 手当、軽減、一切無し。

(7).
大昔、管理職から各課に振り分けられたプロジェクトの作業が、 表向きは各課が作業を行っている事になっているが、 実は、裏では、各課で都合の良い様に仕様を変更し、各課から私に丸投げされた。 しかも、各課から投げられたものを突き合わせると仕様が全くバラバラで整合性がとれないのだが、 私が指摘しても各課主任は各課間で調整する事をせず、自分に都合の良い仕様を強制してパワハラ三昧。 名付けて「チリ地震津波現象」。

此方がどれだけ切羽詰まった段取りで作業をしていても、 勤務時間中は勿論、例えそれが休日であったとしても、 突然横から割り込んで来て、 「(そんな仕事なんてどうでも良いから)俺の私物のパソコンを直せ」 的な用事を強制的に押し付けて居なくなる事も、茶飯事。

成績の入力期限が金曜日の17時で、成績個人票の印刷期限が月曜日の8時という事は、何処の学校でも普通に有る。 例え私が教務で無くとも。勿論手当は一切無い。

私が予め「職員会議の後で」と準備し告知して置いた行事が、 職員会議で、前提として運営委員会で教諭が確認出来て居る筈の内容に対して長々、ウダウダと蒸し返し、 その結果、行事の開始が勤務時間が過ぎると教諭はサッサと帰る為、 私はもう一度行事をセッティングし直し、告知し直す。

(8).
「年休を取ったら当然評価を下げる、当たり前のことだ」← 私が居ないと自分が授業をしなければいけないから
「年末年始も学校で作業をしろ(手当は無い)」
「(上記の様な事に)逆らえば助手なんて不適格で直ぐにクビだ。」
「代わりの人間なんて幾らでも居る」
実際に、日常的に、何度も繰り返して言われて来た言葉。

決め台詞の「逆らえば助手なんざ不適格で直ぐにクビだ!代わりなんて幾らでも居る」。 この根強い超ブラックな学校現場の意識の所為で、 今は「(優秀な)代わり」が少なくなった気がする。 学校がブラックである最大の原因は、教諭です

特に、上記の事例は、 日頃、自分の勤務時間には5分でも煩く騒ぎ立てる様な組合系の教諭に多い傾向が強く感じられる為、 組合も全く信用していない。※個人の体験です。

近年は、ネットワーク系の保守は遠隔で出来る様になり、 24時間体制で行えるようになった(している)が、 その作業に対する手当も、その制度も、無い。

(9).
或る年度末。『ネットが繋がらないから仕事が出来ない! 仕事を終わらせたいのに送別会にも行かなきゃならない!どうなっているんだ(直ぐ直せ)!』 → 異動する私は送別会に出席せず一人で対応、処置。異動しない前述の教諭達は (行きたくもないが仕事だと思って仕方なしに出席する)送別会へ。 因みに、私は呑みニケーション宴会は大好きです。

(10).
生徒会執行部費の予算請求に自分の私用の領収書を付けて来たり、 清掃活動などの学校行事に自分が顧問の部員だけを優遇する、特活課長。 普通に何処にでも居ます。

(11).
1年間、半分の生徒への指導を完全放棄する教諭。直接的、間接的、パターンが有る。


(12).
とある「学校コンプライアンス」の実践事例2004
とある「情報」の実践事例2013
とある「情報コンプライアンス」の実践事例2013


教諭って、「教育の独立性」を振り翳し、各自が「自分が正義」「自分だけは特別扱い」な、烏合の衆なんだなぁ、と実感。 詳しい話は別の処で。