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About Me (Soliloquy)

February 7, 1996 / January 30, 2023



ジグソーパズルのひとかけら



何が事実か。何が嘘か。何故それは嘘なのか。何故其処に嘘が生じ存在するのか。虚構か否か。 嘘と見做すものの排除では無く、其処に嘘が存在するという事実。 一つの好都合な要因の陰に隠蔽される幾つもの多角的な要因と触媒。 ヨノナカに数多散らばるバズワードにすり替えられた 一人ひとりの欲と利害のジグソーパズルを丹念に嵌める事で、 其処から見えて来る、幾つかの未来。
例えばヒトが居なくとも、それでも地球は多くの種の生物を載せ、 自然の法則に従って太陽の周りを平然と廻っているだろう。

不定期に処々書き換えています。

〔0〕.
今年も何卒宜しくお願い申し上げます。 昨年(特に下半期)も、常に要領が悪く上手く立ち回れず裏目裏目で鬱な私に対し、 多くの皆様にご迷惑をお掛けし助けられた1年でした。 本当に有難う御座いました。全く不甲斐無い。
私の ’22年の、正確にはその前年 ’21年12月のasep2021からのテーマは「再確認」でした。 色々有ってコロナ禍以前から距離を置いて居た事、コロナ禍で距離が生じた事など様々な事が、 この3年間でどの様に変化したのか、更に此れからどの様に変わろうとしているのか(次の学びの姿の有無)、 或いは何も変わって居ないのか、若くは形骸化しているのか。 行動が制限され、デジタルな四角い枠の外側で有耶無耶な部分を 自分自身のアレコレを含め再確認する為に、敢えて不本意を含め、一年間実際に彼方此方に動き回って居ました。 それは、オンサイトとオンラインとの「役割の分担」と、 各々の方向性で試行錯誤しながら一所懸命頑張っている若いこれからの先生達への「期待」と、 日常の似非教諭達の授業と言う名の放置への「幻滅」と、 その他色々の、再確認の一年でした。
人間万事塞翁が馬。今は過渡期だから、では無く、今のヨノナカは常に過渡期。 「3年振りの◯◯」で私なりに見て来た事に対し、私の立ち位置として今後どう動いて行くか、 上四半期は、気持ちを切り替え、機材やサーバ、環境、何より心身の保守(一病息災)、陰でゴソゴソ動き乍ら、 頭の中のシミュレーションによる幾つかの予想される未来と身辺の後始末、 とりあえず前向きに建設的に今後10年位をゆっくりと考えたいと思います。 自身の難聴と体力の激減には物凄く狼狽えて居るので、何とかせねば。

〔1〕.
令和5年度大学入学共通テスト 情報関係基礎ネタ
『頑張れシャッフル王国。妖精の悪戯やソリティア帝国の策略に負けるな!』
...ざっと読んだだけですが、今年も全体を通して難問奇問は無いと思います。 話題の第2問は、昨年のコイケケイコさんと同様に、設定が何をあらわすか、 が判るか否かで印象は変わるかなと思いますが、今回はより判り易いです。是非ご一読を。
個人的には、「皇子では無いのか?」と 「帝国側スパイは『おまけ』に気付いて居ないが妖精の悪戯には気付いているのか?」という、 問題とは関係の無い処で躓いております。

教科「情報」は1986年に中央教育審議会第1次答申、2003年に開始して既に約20年。 しかし、「どーせ」でどうでも良い科目に印象操作し、授業した振りして、適当に評価して、単位認めて、 検定も合格にして、卒業すれば誰も文句無いだろ、予算とか成果とか美味しい処だけ頂き、模範教諭で管理職へ、 自分が退職すれば後の事は知らん、という、商業科「情報処理」の大昔から漂う雰囲気は、 教科「情報」の開始時に全国的な社会問題となった「単位未履修問題」以降も何ら変わる事無く、 全て自分以外(県、学校、助手、生徒)に責任転嫁するだけの形骸化した現在の教育現場へ繋がっている。 今の実態は、約20年もの間、教諭は、過渡期としての責任も果たさずヌクヌクと一体何をしていたの? というだけの話。 問題点を洗い出し、どんどん改善すべき。更に次の学習指導要領の改訂作業も既に始まっている。
因みに、「情報は入試の為に学ぶものでは無い」という主張は将にその通りで、 私は情報に限らず国語でも英語でも数学や理科でも全ての教科がそうであると考えて居ります。 同様に「情報を入試科目にすべきなのか」という20年前から頭が停止している今更な呆けた主張は無視させて頂きます。 大学入試制度全体の議論をしたいのであれば別だが、そうで無ければ、これは現場の意識の問題。 今更、他の諸々に責任転嫁しても空しいだけ。 (高校の入試科目に無いから)高校入学時に差が有り過ぎる、と主張するのなら、 それは、情報科目の入試を高校でも実施すべきだ、という主張なのだろうか。反対はしないけど。


20年以上の時間を掛けて大きな変革を続けて来た社会で 既に小中学校で自律的&協働的な授業の評価を受けて来た生徒達と、 時の流れを止め「変わらない」夢を見たがる知識も授業力もモラルも熱意も全く無い教育現場との厚い壁。 その新たな軸(自律的x協働的x教育の情報化)の学校格差が、実は近年良くも悪くも、 保護者や生徒自身から注目されている事例は、これまでに幾つも知っている。

私は、変わらない「夢」を時流の中に求める。 例え「おじいさんのランプ」が「電灯」に変わっても、「灯す」夢は変わらない。 若いこれからの教諭達が試行錯誤しながら頑張っているのを眺めて居ると、嬉しかったりする。 今は過渡期の正念場。各々の歩幅で一歩ずつ、頑張れ、若いこれからの先生達!

「教諭の我欲や独善では無い、真に生徒の自律的協働的な学びの為に頑張る教諭の為のICT」という私の軸は このサイトを始めてから27年間全くブレていない心算。 私自身は、記録にも記憶にも残らず、その内ポイされて、金も無くなって、何処かで野垂れ死にする未来しか見えないが、 未だ未だ、やりたいことは幾つも有る。受け継ぎながら、次へ渡しながら、出来る事を、出来る範囲で、出来る処で。 教育現場の奈落で粛々と動いて行きます。